内科や外科は、ある程度の規模の病院では、呼吸器内科や消化器外科などに細分化、専門化しています。ですが、日本では、整形外科の専門化、細分化はまだまだ進んでいないのが現状です。脊椎や手、膝、足など、形状も機能も全く異なっており、もはや全ての分野で最新の知識や治療法を勉強、維持していくのは不可能です。
足の外科一つを取ってみても、日進月歩です。私も、国内外の学会には可能な範囲で参加したり、専門誌にも目を通すようにしていますが、自分の知識不足だけでなく、そもそもまだ研究が進んでいない疾患もたくさんあります。
最新の情報を得るには、数年おきに改定される、いわゆる教科書的な本では間に合いません。実際、出版された時点で本の内容はすでに過去のものであり、新たに知られるようになった疾患や、より成績の良い最新の治療法は出ていないこともあります。
そうなると、論文を読んで知識を補うことが多くなります。ですが、日本語での足の外科の論文数は、決して多いとは言えません。また、日本足の外科学会雑誌は学会員なので読めますが、その他の購読していない雑誌だと入手しづらいです。
これが英語の論文になると、世界中からメジャーやマイナーな雑誌も含めて多数の投稿があります。日本では珍しい疾患や治療法についても、世界では誰かがすでにまとめて発表していることもよくあります。
私は、手持ちの本でわからないことがあると、まずPubMedやGoogle scholarという医学論文を検索できるサイトで、キーワードを使って検索しています。表示された中から論文を確認していくのですが、そのままだと玉石混交です。アメリカやヨーロッパ足の外科学会の会員だと、学会公認の雑誌がオンラインで読めますし、それらに掲載された論文は、無料で読めるものよりも権威があります。それ以外のメジャーな雑誌は年単位で購読していますが、費用がかかるのが玉に傷です(笑)。この他、自分の論文が掲載された雑誌は、他人の論文内容の確認を頼まれることがあり、その見返りとして、一定期間、その雑誌の論文が無料で読めるサービスがあるので、それを使って論文を読ませてもらうこともあります。
そうして集めた英語論文ですが、最初は1本読むのにも非常に時間がかかりました。
足の外科と英語の勉強も兼ねて、10年くらい前から筑波大学、数年前からは東京大学の足の外科勉強会にも、ほぼ毎月参加しています。英語の足の外科の専門誌を分割して、自分の担当範囲をまとめて発表するので、英語の論文を読む機会が普段から作れます。質疑応答もあるので、ある程度細かいところまで読み込んでいく必要があります。
最初はとにかく読むのに時間がかかったので、日本語や英語を含めて、速読や多読の本を数冊読んで、参考にしました。
まず、単語についてですが、最初の頃は、知らなかった単語と意味だけをエクセルで表にして、次の論文を読む前に確認するようにしました。そして、新しい論文を読んだ後にさらに知らなかった単語をその表に追加していきました。数か月もすると、専門用語やよく出てくる表現で知らない単語がだいぶ減りました。その後、PDF形式の論文なら、パソコン上で単語をタッチするだけで意味が表示されることを知ったので、単語帳を作るのは止めました。パソコンだと、忘れてしまってもすぐに意味を確認できるので、非常に便利です。何度も調べた単語は、自然に覚えてしまいます。
次に読解についてですが、論文には曖昧な表現は少なく、またネイティブ・スピーカー以外の医師も書いているので、使われている構文自体はわりと簡単です。受験勉強のときに、構文を取れる文章は読めると教わったので、最初のうちは同じように構文を把握するための記号を書き込んでいました。だだ、それだと精読にはいいのですが、時間がかかります。
英語の多読、速読の本では、返り読みがスピードを落とす一番の原因だと書いてありました。なので、現在はパラグラフ・リーディングとスラッシュ・リーディングという手法を使っています。
パラグラフ・リーディングとは、特に論文のように論理だって書かれている英語の文章は、たいてい段落の最初に言いたいことが書いてあるということを利用した方法です。まず、最初の要約文を読みます。その後の本文は、各段落の第1文だけを、最初は意味がよくわからなくても、最後の段落まで読みつなげていきます。あと、図表を見て、その解説も読んでいます。
各文を読むときは、スラッシュ・リーディングを行います。スラッシュ・リーディングとは、構文のとり方の一つですが、返り読みしないように、動詞や接続詞、副詞などの前に(慣れるまでは必ず)スラッシュ記号を付けていくという方法です。構文の簡易的な確認になり、読み直すときにも参考になるので、時間短縮になります。
また、知らない単語、うろ覚えの単語に丸印をつけておいて、あとでまとめてパソコンで意味を確認しています。
スラッシュや単語の丸付けは、鉛筆で消したりすると時間がかかるので、消せない多色ボールペンで行い、重要な箇所だけ色を変えてアンダーラインを引いておきます。
この他、IT関連のハック本に出ていた、歌詞のないテンポの良い音楽を聴きながら読むと早く読めるという技も使うことが多いです。なお、歌詞があると、日本語の本だと日本の歌詞、英語の論文だと英語の歌詞が入っていると混乱することがあるので、避けるようにしています(笑)。
また、時間制限があったほうが返り読みしないので、電車の中やバスの待ち時間などでざっとパラグラフ・リーディングだけしておいて、読むきっかけにすることも多いです。
これで、完璧ではなくても概要はなんとなくわかるので、あとは診断法や手術なら自分がさらに知りたいところを探して読みます。料理を作るのに、料理本を全部読む必要がないのと同じです。また、勉強会向けなら、自分が疑問に思ったり他の先生が質問してくるであろうことに意識を傾けながら、残りの文章をスラッシュ・リーディングで読むようにしています。こうすると、最初に各段落の第1文だけ読んだのではよくわからなかったことも、だんだんわかるようになってきます。
なお、複数の論文を読むときには、論文タイトルが自分の知りたいことに最も近いものや、発行年が新しいものから読むと、論文数を絞ったり、序章など同じことを言っている部分を飛ばし読みできます。古い論文ほど後で読むことになるので、その頃には、もはや時代遅れの知識や治療法の箇所を読み飛ばす判断ができるようになっているので、さらにスピードアップができます。
2年くらい前に、お一人で3疾患が同時にあって、一度に手術する必要がある患者様がいました。その時の術前の準備として、日本語、英語の本はもちろんですが、それ以外に英語論文を48本読んだのが、今のところ術前勉強の最高記録です。
この他、最近は、FacebookやLinkedinで海外の先生の英語の発言を読む機会も多くなりました。文法的には必ずしも正しくなかったり、略号、砕けた表現もよく見かけます。もちろん、自分の書き込みも正しいとは限らないのですが、受験のときや論文を書くのとは違い、単語や文法の間違いをいちいち指摘されることもないですし、あまり気にしていません。受験勉強の頃から考えると、ずいぶん遠回りしたようにも思いますが、今更ながら、使ってナンボ、道具としての英語との付き合いを感じています。